2週間の慢性膵炎の絶食治療の結果中年太りだった私の体からかなり無駄な脂肪が落ち、入院中の筋トレのお陰で筋肉はかなり締まり、膵管ステントのお陰で腹部の張りや背中の痛みも全く無くなったので、退院後はこれまでに無いほど体調の良い日々を過ごしていた。サッカーをやっても軽やかに動け、妻との山歩きをしてもほとんど疲れを感じず、医師の指導を守りお酒も完全に絶った生活を送っていた。
社会人になってからお酒を飲まない日は年に数日しか無いような生活を送っていたのに今はこれだけ真面目に禁酒もしており体調も良いのだから慢性膵炎も改善しているに違い無い、11月の末には膵管ステントの予定だが、医師に頼んで今入っている膵管ステントを外してもらい、膵管ステント無しでしばらくの間様子を見させてもらおう、と決めていた。
11月末の膵管ステントの交換の1週間前に医師による事前検査の為に通院する予定だったが、その2日前に発熱した。 退院後は禁酒をするだけで無く外食も控えていたが、発熱の前日に久しぶりに忘年会に参加したのが発熱の原因だろうと思っていた。発熱した晩大便が白くなっていたが、インターネットで白い便の原因を調べた時に、 脂肪分の多いものを食べすぎた時に脂肪便という白っぽい便が出る事があると書いてあったのを見て、飲み会で脂っこいものを食べすぎたのが原因だろうと思っていた。
翌日朝には熱は下がり、医師による事前検査の日には平熱で問題無く病院に行くことが出来たのだが、病院で血液検査の結果を見、私の顔色や目の色を見た医師から黄疸が出ているのでこのまま緊急入院する様に言われた。受付の看護婦さんからも、私の顔を見た時に黄疸が出ているので心配していたと言われたが、本人は全く黄疸が出ている事には気がついていなかった。言われてみると、朝鏡で自分の顔を見た時にかなり日焼けしたなと思ったのだが、実はそれは黄疸だったようだ。又、黄疸を発症する原因である胆管拡張により便は白くなるので、私の症状は典型的な胆管拡張のよる黄疸だったようだった。 急遽入院しその夕方には膵管ステントの交換と同時に胆管へのステント挿入が行われ、その後入院治療を行う事となった。
入院したと言っても本人は全く体調の悪さを感じておらず、前回の入院の時と同様に毎日の筋トレと病棟内ウォーキングをする健康的な日々を過ごしていた。私の入院の翌日から海外に住む娘と孫が来日し、翌週には一緒にディズニーランドに行く予定だったので、医師に何とか1週間で退院をさせてもらえないかとお願いをして退院を認めてもらったのだが、退院の前日に医師からは私は膵臓癌の可能性が高い事を伝えられた。前回の入院時の話では膵臓癌だったとしてもステージ0との事だったが、それよりはちょっと大きい、転移しているとステージがあがる、というのが医師からの説明だった。癌に関して殆どまともに調べた事の無かった私は、そうだとするとステージ1の癌で、転移しているとステージ2という事になるのかな、と漠然と考えていたが、それ以前に医師が間違えているのでは無いかという思いがあり、医師の言葉をそのまま素直に聞く事が出来なかった。
というのも、私の担当医はまだ若手だった事もあるのか、朝から夜まで連日勤務している働き者であったが、患者や家族への話し方や説明の仕方があまり上手では無いところがあり、入院時にこの胆管拡張は膵管ステントが悪さをしている可能性は無いのですか、という私の質問に対して医師が黙り込んでしまい何も返事をしてくれなかった事などから、医師に対する不信感が芽生えていたのである。膵臓癌の事をちゃんと調べていれば私の症状は明らかに膵臓癌患者の典型的な症状だったのだが、体調が全く悪く無い事もあり真面目に膵臓癌の事を調べる前に医師に対する不信感が先に来てしまっていた。
セカンドオピニオンを聞きたい、もし癌だとしたら転院を考えたいと思った私は、医師をしている中学時代からの親友に相談をしたところ、彼の大学の医学部の同期が消化器外科部長をしている市立K病院がお勧めとの話を聞き、その病院でセカンドオピニオンを聞く事にした。セカンドオピニオンを聞く為には今入院している病院から検査結果等をまとめた書類が必要なのだが、私の担当医は快く書類を準備してくれた。退院後その書類を持って家に帰ったが、書類を入れた封筒が糊付けされていなかったので、妻と一緒にその中を見た時に驚いた。膵臓癌で肝臓への転移の可能性がある、ステージ2またはステージ4という診断だった。膵臓癌のステージ4といったら5年生存率1%強という事だけは調べていたのだが、癌というものが元の癌がどんなに小さくても転移したらステージ4になるという基本的な知識すら無かった私は、入院中に医師から転移の可能性がある事は聞いていたもののまさか自分が恐ろしい膵臓癌ステージ4になるなどとは思ってもおらず、始めて書類上でステージ4という文字を見て驚いたのだった。
これはあの若い医師の間違いでは無いか、膵臓癌では無く膵管ステントが悪さしているのでは無いかという淡い期待を持ってセカンドオピニオンを聞きに市立K病院に行ったが、そこでも消化器外科の部長からこの若い医師の診断は正しいと思う、膵管ステントの問題では無く膵臓癌で肝臓への転移の可能性があるとの診断を受けた。経験豊富な医師、私の親友から彼は優秀との太鼓判を押してもらった方からの診断だったので、ここで自分が膵臓癌だという事をしっかりと受け止める事が出来た。
今から思えば、最初の病院の若手の医師も私に説明している内容は全く同じものだったのだが、説明の際にあまりこちらの目を見て話さない、時には答えに詰まる、というところで信頼できなくなっていたのだろう。消化器外科の部長は私と妻の目を見ながら厳しい診断結果や今後どの様な治療があるかについてストレートに静かな口調で説明してくれた。消化器外科の部長とは私も妻も同じ大学の出身という事もあり、診断の途中からは共通の友人の話題になり最後は笑って部屋を出たのだが、膵臓癌ステージ4の可能性があると診断された後に笑って部屋を出る事が出来る患者は滅多にいないのではないだろうか。医師の診断が腹落ちし信頼できると思ったからなのだろうが、医師というのはコミュニケーションの能力が本当に重要だと実感させられた経験だった。
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