膵臓癌の手術の為今度は外科医のM先生に診ていただく事となり、2月上旬に最初の診断があった。
M先生はいかにも外科医という感じのクールな雰囲気を持ちつつ、ちょっと茶目っ気のあるところもある方で、抗がん剤が体にも影響与えてしまっているのでその影響が無くなるように最後の抗がん剤治療から数週間手術までは間を空けた方が良い事、私の場合は膵頭部に癌があるので膵頭部と同時に十二指腸・膵管・胆嚢・胆管を切除する膵頭十二指腸切除術を行う事などをいかにもクールな外科医という感じで説明してくれた後、この手術の場合術後数カ月間は美味しく食事が取れなくなるので今の内に食べたいものを食べておいた方が良いですよ、手術前に体重増やしておくのは良い事なので、と笑いながら話をしてくれるような医師。手術は2月29日に行う事とし、M先生の言葉に従って2月は妻と旅行をし食べたいものを食べ手術に臨む事とした。
膵頭十二指腸切除術は外科医の手術としてはかなり大変なものの一つだそうで、通常8時間くらいかかるもの。膵臓は胃や腸の後ろ、腹膜の外側にあるものなので、この手術の為にはみぞおちからへその脇までを大きく切り開いた後に、腹膜の前部を切り開き十二指腸を切り取るだけで無く、腹膜の後部までも切り開き膵頭部を切除するという、体の前部から背中ギリギリまで切り開くような想像するだけでも怖ろしいもので、手術のトラブルによる死亡率も2-3%くらいはあるとの事前説明を受けた。又、この手術を受けたユーチューバーの方の動画を見たところ、手術の前に術後痛み止めの目的で使う医療用モルヒネを入れる管を脊柱に刺すがこれがとても痛かった事、術後の痛みもかなり厳しいものがある事を聞いていたので、緊張しながら手術室の前で妻と別れ手術に向かった。
手術台に横になり、背中を丸めてくれという指示に従って背中を丸くしたところで背中で何やら作業をしていたがほとんど痛みを感じる事が無く、「脊柱への管の挿入終わったのですか?」と聞いたらもう挿入が終わったとの事。「とても上手ですね」と話しながら、激痛だと聞いていた最初の処置が全く問題無く終わり安心したところで全身麻酔が始まり、完全に意識を失った。
次に目を覚ました時にはICUのベッドの上。目の前でM先生と妻がこちらを見ているところだった。膵臓の癌は全て取り除いた事、ただ膵臓の近くを通る直径1cmほどある太い静脈である門脈に多少癌細胞が巻き付いていたので門脈の一部を切除し縫合する手術をしたので予定より長い10時間ほどの手術だった事の説明を受けた。
麻酔が効いている為かそれほどの痛みは感じる事は無くそのまままた意識を失ったが、次に目を覚ました時には体中についている管が気になり、寝返りを打つのも大変だという事に気付いた。両手に点滴用の針が刺さり、お腹にも2か所体内に漏れた膵液や腹水を出すための管が刺さり、尿を出す為に尿管にも管が刺さっている状態。背中には医療用モルヒネを入れる為の管が刺さっており、胃に貯まった液を出す為の管も鼻から出ており、それらの管の為に寝返りを打つのも一苦労。ただ、あまり痛みを感じる事は無くICUのベッドで目を覚ましていると看護士さんがやってきてまずは寝返りをしてみてとの事だったので寝返りをして見せると、次は上半身を起こしてみてとの事。何とか体を起こし座った状態になったところで、次にベッドから降りて歩いてみてと。今は手術の翌日から歩く練習をするという話をユーチューバーの方の動画で聞いていたので、これがそれだなと思い立って歩いて見たが、意外と簡単に歩く事が出来た。
私が見たユーチューバーの方は翌日に歩けと言われてもまだ歩けなかったという話をしていたので、私は今のところ順調だなと思い ICU内を何回か歩きまわっていたら看護士さんからも凄いですねと褒められたので、調子に乗ってベッドの上で寝返りをしたり上半身を起こしたりを繰り返していた。どうもICUで歩けるようになったら一般病棟に移るという事になっているようだったので、そのまますぐに一般病棟に移動。そこで待っていた妻と会い、それほど痛く無く簡単に歩けた、という話をしていたが、その会話の途中でだんだん痛みが強くなり、その後は術後の痛みは甘いものでは無いと思い知らされる日々が続く事となった。
一番鬱陶しいと感じたのが胃から鼻に出ている管が喉を刺激していた事。前回の胆管に刺していた管と似たようなものだったが、どうも10時間にわたる手術中に呼吸の確保の為に気管に刺していた太い管のせいで喉が多少傷んでいたのか、胃からの管が喉を刺激するため頻繁に痰が出てしまい、痰を切る為に咳をしようものなら術後の切り傷に激痛が走る、咳を我慢しているのもそれはそれで辛いという状態。 喉の刺激の為夜もちゃんと眠る事が出来ず、寝返りを打つ時もその都度激痛との闘い。毎日歩けと言われていたのでベッドから降りて洗面所まで歯を磨きに5メートルほど食後に歩くようにしていたのだが、それだけでぜいぜいと息が切れるほどの努力が必要。極力横にならずに座っていた方が良いとの事だったので出来るだけベッドの背中を立てては見るものの10分もすると辛くて横になる。
背中に刺した医療用モルヒネは一定量が出るようになっているが、ボタンがついており痛みが酷かったら患者がボタンを押すと増量されるようになっていたので、1日に何度もそのボタンを押していたが、それでも痛みに我慢が出来ず、看護士にお願いして痛み止めの飲み薬も飲ませてもらっていた。
妻は毎日の様に病院に来てくれ、こういう痛みは毎日毎日少しづつ良くなるものだから頑張ってと励ましてくれていたが、最初の数日は激痛に耐える日々。ただ、数日経つと確かに毎日毎日少しづつ痛みが減って行き、最初は5メートル歩いて洗面所に行くのが精一杯だったのが3-4日経つと30メートルくらい歩いて体重を測る、という事も出来るようになった。
一番劇的に楽になったのは1週間ほどして胃から鼻に抜けるチューブと尿管に刺したチューブが抜けた時。それ以降は病棟内を何周も歩く事も出来るようになり、夜もぐっすりと眠れるようになった。連日のリハビリの結果、術後1週間後には1日1万歩歩けるような程回復し、ゆっくりとスクワットも出来るようになったが、そのおかげで通常は短くても2週間は入院しないといけないところを11日目には退院させてもらえる事となった。多分私の術後の回復は通常の方よりかなり早く楽なものだったのだろうが、それでも術後の痛みと大変さはもう2度と味わいたくないもの。手術前に81キロまで増やした体重も退院の時には75キロまで落ち、退院後もしばらくは歩くだけで息が切れるような状態だったのだが、老齢で体の弱った癌患者の方が手術をするかどうか迷うというのもとても良くわかる経験だった。
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